英語に見られるように,表音文字しか持たない言語においては,綴りと発音は無関係と言えるほどにかけ離れてしまう.それでも,彼らは決して,発音に合わせて綴りを変えようなんて発想はしない.そんなことをしたら,綴りが担っている意味を失ってしまう,というのだ.たとえば,ほぼサイコロジーと発音され,psychologyと記され心理学と訳されている語は,綴りのおかげで,その中にギリシャ語のプシュケーpsyche(心)とロゴスlogos(学)を読みとることができて,語の意味をより把握し易く覚え易くしているのだから,と.
つまり表音文字とは名ばかりで,音を表わしていない.語の綴りが歴史と意味を,発音が現在を各々分担している.その証拠に発音記号なるものがある.日本語の仮名は文字と発音記号の間の中途半端な存在であるために,混乱に拍車をかけているのだろう.
米原万里 - 心臓に毛が生えている理由
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